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夢幻の如く

2017年10月02日

「人間五十年
    下天の内をくらぶれば
         夢幻のごとくなり」

パチンコ業界ってまだ歴史が浅い。戦前は別として、

昭和20(1945)年代:正村ゲージ誕生
         ↓
昭和30(1955)年代:チューリップ等の役物登場
         ↓
昭和40(1965)年代:パチスロ登場
         ↓
昭和50(1975)年代:フィーバー機登場
         ↓
平成    (1989)以降:プリペイドカード登場

である。

こう考えてみると、昭和40年代以前はまだ創世記であり、パチンコが今と変わらないイメージになるのは、昭和50年(1975)のフィーバー機が登場した以降くらいからだと思う。そう考えるとパチンコってまだ40年ちょっとの歴史しかない。

私がパチンコ業界に入ってからは25年が経過した。その間、大きな変革はたくさんあったと思うのだが、他の産業からしたらそれは当たり前なのかもしれない…と、ふと思ってしまった。

私がこの業界に入ってからは基本右肩上がりの業界で、自分で言うのもなんだけど、まさに「バブルの如く」大きくなった感がある。その時流に大きく乗っかったメーカーの躍進は今振り返っても凄いと思う。

私が業界に入った時は、群馬県桐生市に本社があった所謂「桐生メーカー」の平和・三共・西陣時代で、その後、大一や三洋が台頭してきたイメージがある。また、まだその頃はパチスロはオマケ的なポジションでパチンコ中心だったのだが、その後のサミーやオリンピアの躍進はすごかった。こんなことを言うと怒られるかもしれないが、25年前のサミーは今にも潰れそうな感じの会社って思っていた。

なぜかと言うと、その当時パチスロは色んなメーカーが乱立しておりそこそこ売れていた。私の勝手なイメージとしては、サミー工業・ユニバーサル販売から山佐へと流れが移っていったイメージが強く、その後「ニューパルサー」で山佐が一時代を築いていった。

ユニバーサル販売はコンスタントにいい機械を出し、その後「クランキーコンドル」へ繋がっていったのだが、サミーは結構長い間ダメダメだったのだ。また、オリンピアなんて正直「バニーガール」しか思い出せないくらいだ。そんなメーカーが今では巨大な企業になって、雲の上の存在になっていった…。まさに「夢の時代」である。

そんな「夢の時代」なんで、私もそこそこやっていても小金は稼げたし、暮らしていく分には問題ない程度の稼ぎはあった…。それが今はこんな状況である。

「人間五十年
    下天の内をくらぶれば
         夢幻のごとくなり」

これは敦盛の中の一節であるが、私は織田信長のイメージの方が強い。また、この言葉自体が色々な解釈の仕方があるが、私はこの言葉をポジティブに捉えており、

「この業界が好きで携わっているからには、出来ることは思いっきりやってやる!仕事・人生は一瞬なのだから。」

って思ってます。

最近、業界関係者の飲みでもネガティブな発言ばかりしている人が多いが、私はそんなのは嫌いである。こんな時代だからこそ「野望」を持ちたいものである!

ではっ!