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2019年11月18日

閉店した当該ホールも知らない苦戦の理由

2019年03月15日

「このクソ店め、新装くらい少しは出しやがれ!」と、憎まれ口を叩かれることも珍しくないパチンコホール。煽り営業が横行していた4号機中終盤は「こんな詐欺まがいのメールをよこしやがって。儲け過ぎでけしからん!」なんて思うことも多かったです。しかし今、ホールの経営って大変だな。よく続けてくれているな……と、同情と感謝の気持ちのほうが大きくなってきました。

ご存知の方もいらっしゃることでしょう。ギャンブル等依存症対策推進基本計画(案)が発表され、パブリックコメントが募集されております(3月26日まで)。その中には、本人の同意がなくても家族の申告によって入店制限ができる項目があり、顔認証システムも将来的に導入する意向が書かれておりました。

おいお前ら、これやっとけよ。やらなければ営業許可を出さないからな。この一方通行なわけです。今年の10月には消費税も上がります。2020年4月からは受動喫煙対策として、喫煙室の設置が義務付けられます(なければ全面禁煙)。その間にも5号機の検定・認定切れで、2021年1月までにほぼすべての機種を入れ替えなければなりません。

これだけ出費やピンチの連続が見えており、さらに遊技人口は減少し続ける一途の斜陽産業。遊ばせてくれてありがとうと思うのも不思議ではないでしょう。そして、先月。私の気にかけていたホールがまた閉店しました。その立地では二度目の閉店ですね。


私鉄沿線の各駅しか停車しないマイナーな駅の駅前店で、競合店も長らくなし。小さな商店街があるだけで、あとは住宅街です。昭和から平成の最初までよくあった地域密着のレジャースポットです。そういやこの駅、ゲームセンターも昔からなかったな。

私が通っていたのは1997年あたりから。ブラック企業という言葉すらない時代の激務で心身を崩し、外に出るリハビリとして「学生時代に好きだったパチンコでも行ってくれば?」と、親から家を出されたのがきっかけです。

激務もあって少しパチスロから離れていました。離れる前に私が好んでいたのはパキパキと連チャンする(違法改造された)3号機でしたが、このホールには既に3号機はなく。技術介入全盛時代を築いた4号機の名機『クランキーコンドル』が設置されていました。

ボーナスを揃えるのは苦になりませんが、その技術介入を知りません。見慣れぬ“一見の”兄ちゃんと同時にBIGを引いたのに、私はすぐ終わって少ない枚数。兄ちゃんはBIG1発でモリモリ。その人がどのような打ち方をしているか観察したのが、私の技術介入。いや今の私のスタートです。

“一見の”と書いたように、このホールの常連客に上手い人はいませんでした。設定がゴロゴロあったんですね。『クランキーコンドル』は、設定変更をすると前日の出目のまま、1枚掛けのBETになります。「この目は1枚掛けで出ないよな?」と押して調べたり。それがバレて設定1にした台しか痕跡を残されなくなったり。このホールとともに私も成長していきました。

その中で、もっとも学んだのがジグマとしての打ち方です。パチンコ屋は、みんなからお金を集めて再分配する場。自分一人では安定して勝てません。そんな勝てる機種があれば、さっさとハズされます。負けている常連客がいるから生かされているんです。

人の少ない店で、週に3回くらい顔を合わす常連客は15人もいなかったかな。ほぼ全員の月収支と不機嫌になるラインは把握していましたし、ときには「○○さんが捨てそうなリーチ目特集」とか、手書きで作って渡したりもしていました。ボーナスを揃えるどころか、リプレイハズシ(BIG中の技術介入)代行もよくある話。朝イチは先にBIGをヒイた人がジュースを振る舞う。たまに閉店後の酒席にもお邪魔させてもらうなど、輪の中に混ぜてもらっていました。


1999年の春だったか。見慣れぬメンバーが加わります。引っ越してきたプロとのこと。打つシマが競合しないようにするから通わせてくれと挨拶されました。こちらも一介の客です。断る理由はありません。技術は中の下。よくプロをできているな……と思いましたがね。案の定でした。

店員を唆して設定を入れさせるなど、そういう方向の人だったんですね。店長が夏休みの間『ウルトラマン倶楽部3』設定6が連日投入されました。うん、BETボタンが消えていました。店長が帰って来たら、常連客と仲の良い人気者だった店員さんも消えていました(笑)。

その日以来、ほかの常連客からの私への視線も変わりました。コイツは2年間コンスタントに勝っている。設定を教えられているに違いない。そりゃ疑われて当然でしょう。さすがに狙い台の作り方とかは教えないですから。設定変更に関しては、むしろ意地悪されていたわ……とか、弁明すら無理な眼差しでした。私がいたら、仕事の息抜きで来ている彼らは楽しめない。自主的出禁にしました。自主的なのでコッソリ覗いてはいましたけどね。それから1年も経たず誰もいなくなっていました。

そして、このホールは2010年に閉店します。途中、ジャグラーに力を入れてみたり、住宅街のホールらしく荒すぎる機種はパスして遊べる方向にするなど、施策は間違っていなかったように思えます。

それでも近隣のパチスロ好きコミュニティが、後味の悪い終わり方をしたのは痛すぎました。核となる近所のパチスロ好きが近付くどころか、むしろ敬遠したくなる心の傷や、怒りとなったのですから。一見のお客さんを呼び込もうにもハンデのありすぎるマイナーな駅でしたし。


そのホールが閉店して数ヶ月後、あるチェーン店が居抜き物件として営業を再開させました。折しもパチスロは『エウレカセブン』や『新鬼武者』で冬の時代を脱した時期。人口の多い住宅街で競合店までは徒歩15分。上手くやればココのパチンコ人口を独り占めできるのですから誤った選択とも思えません。

このチェーン店は、割と派手なメールで集客することに長けていました。その穏やかな地域では……という注釈こそ付きますけど。しかし、2012年以降は広告規制も厳しくなり、そんなマイナーな駅のホールのことは忘れ去られて行きます。そして、安定収入となるはずの地元常連客の足は止まったままでした。パチンコから足を洗ったか、ほかのホールに定住したか。その近辺で見かけることはなかったので、おそらく前者でしょう。ある種、告知義務のない事故物件のようなものだったのです。

そして、このホールも8年余りで閉店することとなりました。新規の数日くらいかな? 意外に人が多いと思ったのは。それでも満席ではなかったですけど。というくらい、一度も盛況を見ることはなかったです。

20年もあれば、いくらでも立て直しはできたはず。その通りですが、最後までコミュニティというベースのなさは足かせとなってしまった。20年経っても消えない傷であり、住宅街の立地では致命傷だった。そう私は考えています。スタッフの努力不足と片付けられない特殊な事情です。すぐ近くのパチンコ好きが覗きにも来ないのですから。

そうそう。その二軒目の新規開店でも昔の常連客の姿を見ることはありませんでした。件の買収プロを除いて。打っている人に殺意が沸いたのは、後にも先にもこのときのみです。これを読んでどう感じられるかは、人それぞれで構わないと思います。私は、近隣住民の笑顔と憩いの場を守れなかった自戒の念を込めて書いております。